あけぼのばしノート

目の前のものを観察し、時々ビールを飲めば、世の中の仕組みが見えてくる

船橋無線塔記念碑

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撮影: 2015年3月17日 千葉県船橋市

千葉県船橋市行田の県立行田公園にある、船橋無線塔記念碑。この辺りは、海軍無線電信所船橋送信所の敷地だった。電信所の開所式が行われたのは、今から100年前の1915年4月。終戦後米軍に接収されていたが1966年に返還され、公園や学校、団地などとして整備された。送信所の設備は解体されたが、当時の区画や道路をそのまま利用しているので、地図を見ると円形の道路が確認できる。

碑文には、『ここ下総台地の一角にかつて無線塔が聳えていた。大正四年(1915年)に船橋海軍無線電信所が創設された。大正五年にはハワイ中継でアメリカのウイルソン大統領と日本の大正天皇とで電波の交信があった。広く平和的にも利用されたのでフナバシの地名がはじめて世界地図に書きこまれた。大正十二年(1923年)の関東大震災の時には救援電波を出して多くの人を助けた。昭和十六年(1941年)の頃には長短波用の大アンテナ群が完成し、大平洋戦爭開幕を告げる「ニイタカヤマノボレ一二〇八」の電波もここから出た。船橋のシンボルとして市民に親しまれていたが昭和四十六年(1971年)五月解体されて栄光の歴史を閉じた。』と書いてある。(碑文は縦書きなので西暦も漢数字だが、アラビア数字に直した。『大平洋戦爭』は、碑文に書いてある通り。)

Wikipediaによると、1916年には逓信省の通信所も併設されたとの事。3月14日に載せた逓信省東京無線電信局検見川送信所の開局が1926年4月1日なので、その前はここを利用していたのだろう。