あけぼのばしノート

目の前のものを観察し、時々ビールを飲めば、世の中の仕組みが見えてくる

石神井城中心内郭跡

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撮影: 2014年7月2日 東京都練馬区

石神井城は、平安時代から続く南武蔵の名族である豊島氏の居城の一つ。築城時期は鎌倉時代後期。文明9年(1477年) 4月28日に、太田道灌に攻められて落城した。この時の城主は、豊島泰経。537年前の事だ。写真は城の中心部分で、土塁と壕が良く残っているとされ、立ち入り禁止になっている。今は、草や木が生えていて、形はよく判らない。

この時の戦いは、『長尾景春の乱』の一部だ。挙兵した長尾景春に味方した豊島氏は、石神井城、練馬城、平塚城に拠り、江戸城河越城・岩槻城との連絡線を断った。これに対して、太田道灌は練馬城を攻撃した後、『江古田原の戦い』を経て石神井城を攻め落とした。石神井城から逃げた豊島泰経は、平塚城に行くが、そこも道灌に攻められ、逃亡して行方不明になった。これにより、豊島氏は滅亡した。

練馬城があった場所は、現在は豊島園になっている。平塚城は、北区上中里の平塚神社付近とされる。豊島氏が治めていたのは、現在の台東区、文京区、豊島区、北区、荒川区板橋区、足立区、練馬区などにあたる。